


株式会社T&Dホールディングス代表取締役社長 森山昌彦氏と国際フェンシング連盟理事 太田雄貴氏、ともに現場と組織のトップを経験する両者が対談。企業価値を高めるには、組織を一体化させた経営が欠かせない。両者の“Try & Discover(挑戦と発見)”の経験から、組織力を高めるリーダーシップの在り方やチームワークの重要性などを語り合った。「人を大切にする」マネジメントが、企業のポテンシャルを引き出す。
共有で創出する
組織間シナジー
太田T&Dホールディングスの社長に就任されてから約1年とお伺いしました。立場が変わったことで、見える景色や意識にも変化があったのではないでしょうか。
森山現場のトップと組織全体のトップで、求められるリーダーシップの性質は大きく変わります。当ホールディングスは太陽生命、大同生命、T&Dフィナンシャル生命の3社を中核とする保険グループの持ち株会社として設立した経緯もあり、ステークホルダーは幅広く、背負っている責任の重さを常に感じています。

国際フェンシング連盟理事
太田 雄貴氏
1985年滋賀県生まれ。小学校3年からフェンシングを始め、高校では史上初のインターハイ三連覇を達成。2008年の北京オリンピックで日本人初のフルーレ個人銀メダル、12年のロンドンオリンピックでフルーレ団体銀メダル。16年には日本人初の国際フェンシング連盟理事に就任。日本フェンシング協会会長などを経て、現在は国際オリンピック委員会アスリート委員、WIN3(株)代表取締役。
太田私自身、現役引退後に日本フェンシング協会会長を務めて指揮の取り方が変わったと実感しています。現役時代はとにかくチームの先頭に立って引っ張るスタイルだったのですが、会長就任後は前に出るのを控え、各都道府県の正会員との調和に注力していました。「言わなくても分かってくれるだろう」ではなくて、1on1での対話などで、組織の方向性を一つにしていきました。
森山方針に理解を示してもらうには、ビジョンの明確化とトップ自身の言葉で伝えることが最も大切ではないでしょうか。私は、企業価値とは、グループ各社が有機的につながりながら力の総和以上の価値を生み出して得られた企業の評価と考えており、約2万人の従業員に対し、「企業価値を高めていかないといけない」と伝えていますが、従業員からすると企業価値を高めるために何をしなければいけないかが分かりづらい。そこで様々な取り組みがどのように企業価値向上につながっているのかロジックツリーを作成し、従業員と共有しています。
グループ一体経営を推進し
企業価値を向上
T&Dホールディングスでは、企業価値向上に向けたロジックツリーの各要素を進めていくことで、グループ一体経営の推進を目指している

太田複数の企業がまとまって事業を進めるに当たり、変えるべき部分と変えてはいけない部分をどのように捉えていますか?
森山太陽生命であればシニア層、大同生命であれば中小企業と市場が異なっており、それぞれが経営資源を投下して専用の商品や営業戦略を立てています。市場や戦略は各社それぞれの強さを保つべきですが、その一方でバックオフィスには共通化の余地があると考えています。グループ内に似たようなシステムが複数存在し、一つひとつに開発や保守を行うのは効率的とはいえません。
事務手続きのフローも同様で、各社に独自のルールがあります。これらを共通化することで、グループ間で相互に協力できるようになるなど、一体経営によるシナジーが生まれるはずです。

人を大切にする経営を
太田現場の業務を担当していた頃の経験で印象深いことはありますか?
森山2019年に、法人の生命保険加入に関する税務取扱が変更され、主力商品を含む様々な商品の販売が停止、すぐに新商品を用意しなければ供給が止まってしまう状況に陥りました。しかし、開発やマーケティング、営業など多くの関連部門が連携し合って、短期間での新商品販売を実現したのです。
困難な局面を打開できたのは、周囲の人たちと協力し、総和以上の力を発揮することができたおかげと考えています。私は「人を大切にする」経営を重んじています。独りでは実現できない物事でも、協力によって達成できるのが、企業体の持つポテンシャルです。だからこそ、人的資本への投資も積極的に行っていき、目指すビジョンを実現したいと思います。

株式会社T&Dホールディングス
代表取締役社長
森山 昌彦氏
1965年大阪府生まれ。89年大同生命保険に入社。企画部長、取締役常務執行役員、2022年T&Dホールディングス代表取締役専務執行役員などを経て、24年より現職。
太田チームワークの大切さは私も強く感じています。団体戦では選ばれない選手もいますが、そのことで仲間意識が薄れてしまう人もいるのです。試合に出ていなくても気持ちよく応援してもらえるよう、競技に関わらないところでのチームワーク醸成に務めていました。例えば、一緒に遊園地や祇園祭に行った他、陶芸体験を企画したこともありました。
森山協力してもらうには、相手を理解することも大切ですよね。中にはコミュニケーションを苦手とする人もいますが、そういう相手にこそ、積極的な交流を意識しています。
若い世代と話すときは、彼らの話をまずしっかり聞くことを意識している。その上で可能性や自主性を引き出すためにも、大きな話題をきっかけにすることが多いです。例えば、将来のキャリアや自己実現といった長期的な視点で話してから、目標に向けて一つひとつ頑張ろうと、目の前の業務に戻ってくるようなアドバイスを心がけています。
太田若い世代との交流では、とにかく「一緒にいていただいている」という気持ちを第一にしています。
もう一つ、これは若い世代に限らないのですが、相手を好きになることです。自分が大切に思う相手なら、相手も期待に応えてくれるケースが多いですし、もし苦手に感じる相手だったとしても、それを表に出さなければ良好な関係性を築けます。好きになろうとする努力は、上に立つ人間の役割だと思います。

成長の場に感謝と恩返し
太田今の自分があるのは、若い時に誰かに引っ張ってもらえたからこそだと思っています。自分を試合に出すという選択をしてくれたコーチがいなかったら、きっと私は、ここにいないでしょう。森山社長もそういった経験があるのではないでしょうか?
森山私の場合、特定の人というよりも「人事」そのものに引き上げてもらったと感じます。人事って、会社からの期待が込められたメッセージなんですよね。当時はハードルが高いと感じた辞令も、結果として他者とのつながりや経験が得られ、それ以降のキャリアに大きく影響しています。成長の場を提供してくれたことには感謝の思いがあります。
私たちの経営理念『Try & Discover(挑戦と発見)による価値の創造を通じて、人と社会に貢献するグループを目指す』にもあるように、同じような志を持った若い方々を支援したいという思いもあります。その一環として当社は、全国のスタートアップ・アトツギベンチャー企業・次世代の起業家を支援する『NIKKEI THE PITCH』に協賛しています。
人と社会に貢献する組織を目指す
T&Dホールディングスが掲げる「Try & Discover」。グループ全体で人と社会への貢献に取り組む

太田出合いが増えると当たり前に感じられる機会も、つながりが少ない若い時分にはなかなか訪れません。彼らのチャンスを作るのが、ある種の恩返しになりますよね。
今後、教育機関や自治体とタッグを組んで、子どもたちがアスリートと交流できるような取り組みをしたいと考えているんです。子どもが自分自身で楽しさを見いだせるような運動に出合った結果、ファンや競技人口が増えてほしい。少子高齢化が大きなトレンドである中、スポーツ自体にもヘルスケアの領域で拡大できる可能性があると思っています。
森山この先も健康寿命の延伸や中小企業の事業承継などの社会課題は存在し、その解決こそがグループのコアビジネス成長につながると考えています。まずはこの分野を着実に取り組む一方で、マーケットのシュリンクや労働人口が減少する可能性に備え、グループ自体の強靱化も図らなくてはなりません。
高い生産性を保ちながら規模を拡大していくためにも、一体経営を推進し、グループのビジョンを達成したいと思います。
